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秀吉流夢の叶え方。

自分の土地さえ持っていなかった貧しい農民の家に生まれた秀吉は、

侍の身分に憧れていた。

しかし、農民に生まれた秀吉がすぐに侍になれるはずもありません。

そんなときにチャンスが訪れます。

織田信長の“小者”として奉公できるようになりました。秀吉18歳です。

しかしながら、小者とは今で言う雑用係り。

侍になりたかった秀吉は

『あ~あ、雑用かぁ~』

と思うどころか、雑用係りに採用してくれた信長に感謝して、何をするにも、
自分ができる工夫をしていたそうです。

ある寒い日、信長の草履を懐に入れて暖めておいてから出したという話は、有名ですね!
秀吉は相手のことを考えて、喜んでもらえるようにアイデアを加えていたんです。

小者としてのはたらきを認めてもらった秀吉は、”足軽“という身分に引き上げられます。

足軽はまだ侍ではありません。しかし、
足軽になれたことを喜んだ秀吉は、
ここでも良いはたらきを認められて念願の侍、武士に引き上げられます。

武士になってもこんな工夫をしてみせます。

台風で壊れた石垣の修理、普通なら1ヶ月かかるところを

なんと、

3日で修理してしまうのです。

秀吉のアイデアは、三日三晩、昼夜を問わずのチーム制をしき、しかも各チームのやる気を引き出すために、早く仕上げたチーム順に報奨額を大きくしたのです。この工夫で見事に3日でやりとげました。

そんな秀吉に、近江の国・長浜城が与えられます。部下を任され侍大将です。

遂に、城持ち大名になれたのです。

ちなみに、雑用係りとなってからどれくらいの歳月がかかったかといいますと、


なんと19年です。

意外とすぐ昇進昇進かと思われますが、
19年もの歳月がかかっていたのです。

きっと秀吉は与えられた役割を如何にして自分の力を最大限に発揮できるか?をいつも考えていたんでしょうね!

工夫して、信長に喜んでもらえるように!

秀吉から学ぶべきは、

『与えられた役割を、他の誰にも出来ないくらい輝かせること』

なんだと思います。

その後、侍のトップ『天下人』まで上り詰めるのですから、秀吉の努力といったら凄まじかったようですね!
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めん房朝日屋チーフのひとり言です
自称『アホのそば屋』です。
日々、沢山の『ありがとう』に、ありがとう。

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