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七五三

今年も間もなく七五三の時期ですねー

去年もたくさんのお祝いの席としてご利用していただきました

見てください、このお子さんたちの素晴らしい姿


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今年も沢山、『幸せな時間』のお手伝いが出来るよう、顔晴りまーす
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孔子

今日は孔子の誕生日らしいので、孔子のお話♪


たくさんある孔子の教え、そのすべてを覚えるのは並大抵のことではなかったんでしょうね、あるとき弟子の子貢(しこう)さんは、師匠である孔子さんにこう質問しました。

『先生、たった一言で、一生それを守っていれば間違いのない人生が送れる、そういう言葉がありますか?』

「それは『恕』」と答える孔子。

「自分がされたくないことは人にしてはならない、それが『恕』だ!」
されたくなことをしないこと。それが”思いやり“

今日は第68代横綱朝青龍のBirthday♪

相撲を引退した後も、何かとヤンチャでお騒がせな朝青龍さん。

現役時代の強さは凄かったですねー!

憎たらしいほど強く、日本人の抱く横綱像の枠にはハマらなかったのが残念でした。

あの時期は、マスコミも批判的なことばかりを報道してました。

しかし、私アホのそば屋はあの頃の強く生意気な感じの横綱・朝青龍が大好きでした。

強くなるために、努力して、努力して。

自分より力の劣る力士には、これでもか!というくらいの圧倒的な勝ち方をする。

相撲以外のことでは色々ありましたが、相撲が強ければ、そんなの関係ない!って感じが、逆に気持ちよかったです!

朝青龍が引退したその後、相撲界では八百長や、大麻事件が頻発し、

あの嫌われていた朝青龍が逆にいい人に思えましたもん。あの時角界に朝青龍が残っていれば、白鵬の負担も大分軽減したはず・・・。



そんな朝青龍、高校時代、学校近くのパン屋さんのおばさんを慕っていた。朝青龍が学校を去ってからずいぶんたって、おばちゃんのご主人が亡くなられた。

すでに横綱となっていた朝青龍は、どこで聞いたのかその葬儀に参列したそうです。大銀杏を結って力士の正装である羽織袴姿で。


ダメなところもたくさんあったけど、

横綱朝青龍。

大好きでした。

お誕生日、おめでとうございます!

誕生日♪♪♪

今日は僕の33回目の誕生日でした。

ここ数年は、自分の誕生日に家族に食事をご馳走しています。

『この世に生を受けたこと、それこそが最大のチャンス』

と、アイルトン・セナが言った通り、この両親の間に生まれたこと、本当に幸せです。

2人の姉と1人の妹にも感謝です。

いつも助けてくれてありがたいです。


僕が生まれてきたとき、『おめでとう』は両親に送られた言葉でした。だから、今年も『おめでとう』と両親に伝えました。そして何よりこの世に生を授けてくれたことへの感謝。日々の感謝を
『ありがとう』に込めて伝えました。

そして、結婚二年目の嫁さんにも感謝です。
何も解らないこの地に来て、仕事も手伝ってくれて、いつも楽しく過ごせるのも嫁さんのおかげです。

そんな僕と嫁さんも年末にはパパとママになります。嫁さんのお腹の中で日々成長してくれている我が子。スゴいですよね。

現代の医学はスゴくて、わずか1000グラムにも満たなく、緊急に生まれてしまった妹のところの三男も現在では、元気に動きまわっています。

それも、医学の力のおかげです。本当に医療関係者さんのおかげで助かることができました。

そんなことを自然に行なえるお母さんのお腹の中、本当にスゴいです。人間の力。


たくさんのみなさんのおかげである今日、

すべての方に感謝します。

幸せのあるところ。

ヒンドゥー教に伝わる、こんなお話。

神様が地球を創造したとき、人間に、幸せを見つけ出す冒険をさせようと思った。そう、地球上のどこかに幸せを隠し、探させようとしたのです。

では、どこに幸せを隠そうか?


まず、一人目の神様が

「山の一番高いところに幸せを隠そう」

と言いました。

しかし、他の神様たちは「簡単すぎる」と大反対。


別の神様 が

「じゃあ、海の一番底に幸せを隠そう」

と言いました。

「同じやん!!!」※僕の想像です。


神様たちは考えた結果、こうしました。

『幸せを一人ひとりのハートの中に隠そう。それなら簡単には見つけられないだろう』




幸せはなるものなんかじゃなくて、気づくもの。

イエス・キリストは言いました
『天国はあなたの手よりも足よりも近し』

ブッダは言いました
『極楽浄土は今即、あなたの心の中にある』

アホのそば屋は言いました
『すべての答えはそばにある』

『始末』とは、

僕がまだ幼い頃、『銭湯』にたまに連れていってもらいました。

現在では、なかなかその数も減ってきましたが、昔ながらの『銭湯』も愛すべきものがたくさん詰まってました。

子供の頃は、湯船の中で暴れていたら、

たまたま居合わせた知らないおじさんに、叱られたもんです。


恐いおじさんにびくびくしながら入ったり、


親でも、知り合いでもない大人から、ルールを教えてもらえる場でしたね!


そんな銭湯を舞台に、こんないいお話を聞くことができました。







お父さんが自分の子に話します

二人で銭湯に来て体を拭きながらこう言います。

『新しい手拭いで体を拭いたら気持ちいいだろ。

でも、銭湯へ行く度に新しいものを下ろしていく

必要はない。

まだ前の古いのが使えるんじゃないか?

本当によく考えて新品をおろさないといけない。

また、手拭いが汚れてきたからといって、すぐに

捨ててもいけない。


折り畳んで雑巾として使う。

また、その雑巾が擦りきれてきたからといって、

すぐに捨ててはいけない。


干せば機械の油拭きになり、火にくべれば


染み込んだ油がよく燃えて風呂が早く焚ける。

だから、新品の使い(始)め、最後に捨てる(末)を

よく考えるんだよ。

この始と末をとって『始末』という。


このちょっとずつの始末をするかしないかで、大

きな違いが出てくるんだよ。






大切な教えですね。

神様との浜辺の散歩♪

こんな話があります。

細かくは覚えてませんが(>_<)



あなたは神様と浜辺を歩いています。

二人の足跡はあなたの人生です。

隣にはいつも近くに神様がいました。

あなたは振り返って足跡を見ています。


すると、ときどき足跡は一つだけしかありません。


それは、自分が苦しくて、つらい時期の足跡でした。


「神様、どうしてあのつらいときに私をひとりにしたのですか?あの時こそ一緒に歩いてくれればよかったのに」



すると、神様は泣きながら、


「よく見てごらん。あの足跡は私のものだよ、おまえがつらいとき私はおまえを背負って歩いていたんだよ」











ひとりじゃない。



決してひとりじゃない。


どんなときもひとりじゃない。


例えば、つらい時期に一緒にいてくれる人は、実は神様なんじゃないのだろうか?


そんなことを教えてくれたお話です。


『大切な人はいつだってそばにいる!』


アホのそば屋でした!

安岡正篤氏でも分からなかった『テンチシンリ』

昭和の歴代の首相の指南役を務めたり、昭和を代表する多くの政財界人に師と仰がれ、仏教、儒教、老子など、東洋思想に通じた先生がどうしても解らないことがあったそうです。


しかし、その疑問を
鮮やかに解決したのが娘さんでした。

「おい、近ごろよく見る『テンチシンリ』っていったい何のことだ?」


『何だ、お父さん、天地真理(あまち まり)って読むのよ』


・・・。


どんなに偉い人でも分からないことはあるんですね!

喜びが倍になる方法

誰かにプレゼントを貰ったら、

『ありがとう』って言いますよね!


けれど、世界は広い!アフリカには、プレゼントした側が『ありがとう』と言う風習をもつ部族がいるらしいんです。

誰かにプレゼントができる、これはつまりは恵むことが出来るというのは、すでに自分は恵まれているという証拠だから。そのことに喜び、感謝するのです。

プレゼントをもらえること、それはたしかにありがたいことです。でも、本当のありがたさは、
誰かに何かを与えられる自分でいることだというわけです。



『与えることは最高の喜びなのだ。他人に喜びを運ぶ人は、それによって自分自身の喜びと満足を得る』 byウォルト・ディズニー

濁るとマイナス。

とある山間の古びた神社の苔むした石碑に刻まれたこの文句にとても惹かれます。




『意志(イシ)が濁ると、意地(イジ)になる。

口(クチ)が濁ると、愚痴(グチ)になる。

徳(トク)が濁ると、毒(ドク)になる』


濁らない、濁らせない、大切にします。

ドストエフスキーの言葉

『人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないからだ。 ただそれだけの理由なのだ』
byドストエフスキー

今が幸せ!って胸を張って言える人が少ない日本人。まさに、ドストエフスキーの言葉は言い表していますね!


『幸せ』って、誰が決めるわけでもなく、その人が、感じたときが『幸せ』です。

100人が100人とも同じことで幸せを感じるかといったら、かなりの温度差があるみたいですね。


『幸せはいつも自分の心が決める』


って、以前教わりましたけど、本当にそうですよね。

だからこそ、誰かの幸せを想って、行動出来することに意味があるのですね!

たまに、間違いながらですが・・・。


『幸せ』の漢字の語源は手枷(てかせ)を表しているらしく、つまりは手錠のようなもので自由がきかない状態です。
身動きの自由がないのが、放たれたときの心を表した言葉が『幸せ』


僕も先週、夏風邪なのか、2日程寝込んでいたのですが、体調を崩して、苦しい思いを知ったからこそ、全快したときの幸せを感じます。

普段なら当たり前に生活出来ていることも、病気になると、改めて気がつくことが多いですね。

当たり前に過ごせる毎日こそが、幸せのなかにあるのだと。

そうすると、気づくのは『幸せ』の前には必ずマイナスだと思われることがあるのですね、だから、『不幸せ』と書くんですね。『幸せ不』ってなんだかわからないですもの。


それも含めての『幸せ』、感謝します!

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プロフィール

アホのそば屋

アホのそば屋

めん房朝日屋チーフのひとり言です
自称『アホのそば屋』です。
日々、沢山の『ありがとう』に、ありがとう。

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