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ネギ芸人

毎週観ているアメトーーク。

先日のくくりは、『ネギ芸人』でしたー!

毎回、食べ物シリーズに出演している芸人さん達が多く、面白かったです。


ネギ。で笑いに変えるんですもん、スゴいですよね!


ちなみに僕もネギ大好きです。


当店では京都の九条ねぎを使わさせてもらってます。


柔らかい食感と優しい香りが美味しいんですよね!
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セレンディピティを呼ぶ三ヶ条その3

三番目は、その失敗から「何か」を見いだし、つかみとる力です。

このとき大切になってくるのはカンです。

失敗事例のや中から何かを嗅ぎとる直感やひらめきです。

失敗には違いないんだけれども、次の創造に結び付く要素を読み取れる目。

そういうものが、セレンディピティを成果に結びつけるために必要です。

失敗することがいけないのではなく、 失敗からまなばないことがいけなのです。

セレンディピティを呼ぶ三ヶ条その2

第二の条件は、ムダを尊ぶ心。

出来る人ほどムダや非効率を嫌いますが、100のムダの中から、一つの有益な発見が生まれます。

あるいは、100のムダがあって初めて1の発見がある。

勘違いや間違いから生まれた偶然を「こんなの本筋じゃない」と無駄扱いしていたら、その成果も見逃してしまいます。

だから、ムダをムダとして排除してしまわず、失敗してもあきらめずに繰り返しやりつづける忍耐力や粘り強さが必要になってきます。

セレンディピティを呼ぶ三ヶ条

偶然の幸運こと『セレンディピティ』は必然でもなければ偶然でもない、とても蓋然性の高いものです。
努力していれば必ず幸運をえられるというわけではないが、かといって、努力なしで幸運がめぐってくることもまたないのです。

条件1
素直で注意深い目。
目の前で起こっている事態や変化を先入観や偏見なしにまっすぐ、しっかりと見つめること。
予期しないことが起こった。だからダメだと否定してしまうのではなく、その現象を素直に、注意深く観察することが大切。

セレンディピティ

筑波大学名誉教授の村上和雄さんという先生の著書『アホは神の望み』は何度も読ませていただいています。


その中には、こうあります。

『神がいるとするなら、その神が気まぐれに贈ってくる幸運に運よくぶち当たるか、そうでないか。
それによって、成果の大小が分かれてしまう。
したがって、ノーベル賞をもらうような人はみんな多かれ少なかれ、極めて運のいい人たちだといえるのです。

その神からの贈り物、すなわち、偶然による思いがけない成果のことを
「セレンディピティ」といいます。

科学や研究というのは神の気まぐれに左右されるしかないのかといえば、そんなこともありません。

その幸運の前髪をしっかりとつかむためには、いくつかの条件ー日頃の努力や心構えが必要です。』


続きはまた次回に!

良寛和尚

江戸時代の僧侶さん、良寛和尚。

僧侶でありながら生涯寺を持たず、酒を愛し、多くの詩歌を残した愛すべき和尚。

ある時、その良寛さんが舟に乗っていたとき、

船頭が意地悪をしてわざと舟を揺らして良寛さんを水中に落としてしまいました。

溺れそうになっている良寛さんをさんざん笑ったあとで、ようやく舟に引き上げる。そんな悪質ないやがらせを船頭から受けた良寛さんは、その船頭にこう言います。


『おかげさまで命を助けていただきました』


スゴすぎますね、良寛さんは!

さくらと言う名

日本の国花といえば『桜』

しかし、何故に桜はさくらと言う名前になったか?



日本語にはひとつひとつの意味があるそうです。

「さくら」の

(さ)は

『幸(さち)』を表しています。

日本人はその昔、「幸」をもたらす神様が山にいると考えてました。

その神様が、春になると山から降りてきて、秋の収穫まで里にいると考えていたのです。

その神様のことを『サの神』『サ神』と呼んでいたそうです。を


そして、『サの神』が山から降りてくるのを教えてくれるのが、「さくら」だったのです。


そして、「幸」を運ぶ『サの神』が降りてきたことを喜び、お迎えする行事がお花見です。

もともとお花見も庶民には出来ない儀式でした。


そして、桜の花があんなにも早く散るのにも理由が、

「サの神」はみんなに分けるために持ってきた

「幸」を、一旦桜の花びらに閉じ込めたのです。

そして、その幸せは桜が散ることで一斉にあたりに振りまかれます。

みんなに幸せを届けるために、桜は早く散る必要があったのです。


今年もみんなのために咲いてくれた桜。


ありがとう(^-^)

感謝します&♪

日本語は素晴らしい!

五十音にはひとつひとつに意味があるそうです。

「あ行」から「わ行」で終わる、五十音。

行を山でみると、山が十個。だから、

日本はヤマト(山が10個)というそうです。


『古事記』では、イザナギノミコトとイザナミノミコトが最初に生んだ島が淡路島です。

それはまさに、『(あ)から(わ)に至る路』で

『あわじ』となるそうです。

久しぶりに新都心のコクーンに来ました!

流石に映画館が混んでました!

若い子ばかりでした。


最近は春日部のララガーデンばかりなのでスカスカ状態で観るのに慣れていたので、緊張しながら観ていると、近くの席からイビキ音が聞こえてきます。

そのイビキ音はだんだん大きくなります。

いやに近いな、と思い隣を見ると爆睡する

嫁が・・・。




終いには自分のイビキの大きさで目を覚ます始末


なんとも愉快な嫁さんです。



今日も一日大感謝。

ツイてる、ツイてる、ありがとう。

ブーメラン

以前、小林正観さんから学んだことですが、



人生はブーメランです!



自分で投げたものが、自分に返ってきます。


それは、言葉だったり、行動だったり、気持ちだったりするようです。



愛すれば愛される。

嫌えば嫌われる。

憎めば憎まれる。

助ければ助けられる。

喜べば喜ばれる。

無視すれば無視される。



ある時、自分がこんなブーメラン投げたっけな?

ってことがある、その時にどんなブーメランを投げるのかが、肝心。


以前、自分が投げた小さなマイナスブーメランが、遠心力で大きなマイナスとなって返ってくる、そしてまたマイナスブーメランを投げる!


そのままじゃ、ダメですよね?


マイナスなことが起こったときが、チャンスの時

プラスのブーメランにして投げちゃいましょう!

DSCF2457.jpg
DSCF2458.jpg

当店の駐車場の桜です。

濃いピンク色したまだ小さな桜。

木の下から見ると、花がこっちを見ているようです。

情けは人の為ならず

若い頃はてっきり、意味を履き違えていた言葉です。


『情けは人の為ならず』

誰かに情けをかけては、その人の為にはならない。と、若い頃は思ってました。


本当は、

誰かに親切に接することは、めぐりめぐって自分に還ってくる。だから、人には親切にしなければならない。

そんな意味の言葉ですね。









あるお寺の石碑には、こんな言葉が

『かけた情けは水に流せ

受けた恩は石に刻め』

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アホのそば屋

アホのそば屋

めん房朝日屋チーフのひとり言です
自称『アホのそば屋』です。
日々、沢山の『ありがとう』に、ありがとう。

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